「いよいよ明日ですね、ことり」
    今日はことりの留学前日。私はいつものようにことりの家へ来ていた。昔から長期休暇の折にはよく泊まったりしていたが、3年生になって、ことりと付き合うようになってから、暇があればお互いにお互いの家へと遊びに行くようになっていた。学校の帰りにはかならずどちらかの家へ行くようにしている・・・・・・というか、気づいたら自然とそうなっていた、といったほうが正しいか。
    ちなみに、付き合っていることは隠しているのだが・・・・・・きっとみんな気付いてる。でも、私たちから言い出すのを待っているのだろう、みんな何も言ってこない。・・・・・・いい友人だと思っている。




    「そうだねぇ。しばらく海未ちゃんとも会えなくなっちゃうのかあ・・・・・・」
    「会いたくなったら電話するなりなんなりすればいいじゃないですか。今は便利な世の中ですからね、どんなに離れていても連絡を取る手段なんていくらでもありますから」
    「そうだよね・・・・・・」
    ・・・・・・この話、実はもう何度も繰り返している。さっきから何度も何度も。2人して、別れを惜しむかのように。
    そして沈黙が場を包む。
    ここ数日は毎日のように会っていた。いや、ここ数日に限った話ではない。初めて会ったあの日から、私とことり、そして穂乃果は毎日一緒に過ごしてきた。そんな私たちが離れ離れになってしまう・・・・・・そんな状況、耐えられるだろうか・・・・・・




    ことりは元来とても静かな子だ。一人でいるときは本当に静かで、びっくりするほど喋らない。でも、それは彼女が一人が好きだから、というわけではなく、ただ、自分から話しかけたりするのが苦手なのだ。でも、そんな彼女は、私や穂乃果に対してだけは自分から話しかけてくる。穂乃果は確かに話しかけやすいし、誰からでも好かれるタイプだと思う。でも、私は・・・・・・普段からあまり笑ったりしないからなのか、話しかけづらい、とっつきにくい、あげくにあまり心を開いてくれてないんじゃないか、と言われることもよくあった。もちろんそんなことはなくて、表情に乏しかっただけなのだ。もちろん、穂乃果たちといるときのように例外はあるし、音ノ木坂に入ってからは私も変わったと自覚するくらい表情を表に出すようになったけれど。
    そんな、ことりにとってはとても話しかけにくいであろう私に、でもことりはなぜか自分から話しかけてきた。理由は聞いてみたけれど、教えてくれなかった。でも、そうやって話しかけてくれることりに、私は安堵や安らぎを覚えていたりして・・・・・・だからこそ、私はそんなにも優しく、芯のしっかりしていて、それでいて儚げな彼女に惹かれていったのだと思う。




    そんなことを考えていたからだろう、私は彼女がこんなことを言い出した時、即座には反応できなかった。
    「・・・・・・ねぇ、海未ちゃん。もし、次に会う時にすれ違ってもわからないくらい、お互い大人になって変わっちゃってたりしたら・・・・・・どうする?」
    ・・・・・・はい?何を言っているんだろうか、ことりは。そんなこと、あるはずないのに。
    「なにを言ってるんですか、ことり。私がことりをわからないなんてこと、あるわけないじゃないですか。」
    「へ、へぇ~・・・・・・えへへ、嬉しい♪ あ、じゃあさ、ちょっとしたゲームしない?」
    「ゲーム、ですか?」
    「うん!私が留学から帰ってきたあとで、本当にそうやってすれ違った時に、どっちが先に声をかけられるか♪ 声をかけられなかった方は罰ゲーム、ってことでどう?」
    ほう、私と勝負ですか・・・・・・いいでしょう。
    「わかりました、受けてたちましょう」




    そして私たちはゲームをすることになった。私は、ことりが急にこんなことを言い出した理由もちゃんとわかっていた。このゲームは、またいつか会わないと決着しないものだから。そう、これはいわば再会の約束。私とことりはいつか必ず再会する。そしてその時はじめてこのゲームは終わるのだ。




    このゲームをするにあたって、私たちは一つ約束をした。それは、お互いに一切写真を送ったりして、顔を見ないこと。もちろん、穂乃果たちに写真を送ったりするのは構わない。でも、私には絶対に写真を送らないし、スカイプなんかもしない。そんな約束だ。理由は簡単、いつ帰れるか分からないのにお互いの顔を見てしまってはゲームにならないから。
    だから、私たちが再会する前までで私の中にあることりに関する記憶は留学当日、空港でことりを見送った時のものが最後だ。




    「それじゃあ海未ちゃん、ことり、そろそろ行かないと・・・・・・」
    そう言ってほほ笑む彼女の瞳には涙が浮かんでいて。そんな彼女を見て、私は呼び止めてしまいそうになって。でも、それは彼女に気持ちを、決意を踏みにじることに違いないということも分かっていたから、その言葉を飲み込んで。かわりに、今まで見せたことのないような最高の笑顔を彼女に向けて。
    「・・・・・・はい、頑張ってください、ことり!」
    でも、勝つのは私です!
    そう目で語り不敵に笑ってみせる私に。ことりは先ほどまで浮かんでいた涙を消し、私と同じような笑みを浮かべて見つめ返す。その目はこう宣言していた。
    勝つのはことりなんだから!
    そして私たちは、別れの挨拶を交わすこともなく別れた。別れの言葉なんて必要なかった。私たちが再会するのは必然なのだから。それをお互い分かっているからこそ、別れの挨拶をしなかった。
    でも実はあの時――ことりは必死に隠そうとしていたようだが――絶対勝つと宣言して去って行ったことりの目じりに涙が浮かんでいたのを私は見逃さなかった。おそらく私の目にも・・・・・・




    そうしてことりは旅立った。その後の生活は、私にとってはかなり辛いものだった。ことりと会えないことよりも、穂乃果たちのもとへ送られてくる写真を見れないことが、だ。みんなに事情は話していないから、送られてくるたびに(主に穂乃果から)「写真見た?」と聞かれ、その都度「見ていませんし見るつもりはありません!」と断り続けることになった。最初はみんな不思議がって――穂乃果や凛は半分おもしろがっていたようにも思う――私に理由を聞いてくるのだけど、私はそれを教えるつもりはなかったからそれも断っていた。次第にみんな、何か事情があるんだ、とわかってくれたようで、写真を見せようとして来ることはなくなった。
    まあ、それでも穂乃果は時々、何の前触れもなく「ことりちゃん、またすっごい大人っぽくなってたなあ。綺麗だったなあ・・・・・・」とかポロっと零すから、そのたびに会いたい、会いに行きたい!という欲求を抑えなければならず、かなり苦労したのだけれど・・・・・・













    そして数年後。勉強が一区切りついたらしく、ようやくことりは帰国することとなった。そんなにすぐ再会することもないだろう、と思っていたのだけれど、その機会は想像以上に早く、ことりの帰国からほんの数日後のことだった。




    別に何か予感めいたものがあったわけではない。ただその日は特に用事もなく、かといって家に閉じこもっているのもよくないかな、と思ってふらっと外出してみただけだ。別に何か買いたいものがあるわけでもない。あてどなく商店街を歩いていて、そして、私たちは再会した。




    その時のことは、今でも克明に覚えている。ウインドウショッピングにも飽きてきて。ちょっと公園まで行こう、と思った矢先だった。
    少し薄めの青のブラウスによく映える白いネクタイ、白いひらひらとしたスカートをはき。ブラウスと同じ色のヒール付きの靴、頭には帽子をかぶり、手にはハンドバッグをもっていて。さらにその手には・・・・・・ことりが留学に行く前に買った、私のと色違いの腕時計をして・・・・・・
    一目見てことりだと分かった。でも、私は声をかけることができなかった。だって、そんなことりはとても美しくて、完全に見とれてしまっていたから・・・・・・




    しばらくお互いに見つめ合ってしまっていたと思う。その間、世界には私とことりしかいなくて・・・・・・後で聞いた話になるが、その時ことりも私に見とれていたのだそうだ。それを聞いたとき、私は嬉しさと気恥ずかしさで一瞬で真っ赤になってしまったのだけれど――だってことりに褒められるなんて全然考えてもいなかったから!――冷静になって客観的に考えてみると、それも無理はなかったかもしれない。その時の私は、胸元に青いリボンのついた純白のワンピースを着て麦わら帽子をかぶっていたのだから――それこそ、どこかのお嬢様みたいに。




    しかし時が止まっていたのもほんの数秒のこと。すぐに世界は動き出す。
    「海未……ちゃん?」
    最初に声をかけたのはことりだった。
    「ことり……?ことり、なのですか……?」
    私は彼女がことりだと確信していた。それでも、おもわず確認してしまったのは……彼女があまりに綺麗になりすぎていて、確信しているにもかかわらず自信がなかったから。
    「うん、そうだよ、海未ちゃん……久しぶり、だね」
    そう言って微笑むことりの顔は私の記憶にあることりそのもので――私はその時ようやく、彼女がことりである、と確信したのだった。




    とりあえず立ち話もなんだから、と当初向かおうとしていた公園へ。道中はお互いいろいろ考え込んでいたから一切の会話がなかった。ほんの5分ほどではあったが。
    「それで、ことり。私への罰ゲームって決まっているのですか?」
    「あ、うん、一応・・・・・・」
    そういう割にはなんだかまだ悩んでいるような雰囲気で。
    「どうしたのですか、ことり?」
    「え、えっと、その・・・・・・ねえ、海未ちゃん!ことりのこと、好き・・・・・・?」
    そう意を決したかのようになされた質問は、私にとっては愚問でしかなくて。だから私はほほ笑みながら言う。
    「あたりまえじゃないですか!いまさら何を言ってるんですか、ことりは」
    「じ、じゃあ、えっと・・・・・・」




    ことりがこっそりと私に告げたその罰ゲームの内容はとても驚くことで、でもそれ以上にうれしくて・・・・・・一切躊躇することなく私は「はい」と答えていた。
    そのまましばらく見つめ合い、そしてどちらからともなく顔を近づけていき、そのまま唇を――










    「ことりと・・・・・・ううん、私と結婚してください♪」
    「そしてその報告を海未ちゃんからしてください♪」




    2018/04/03(火) ラブライブ!二次創作 コメント(0)
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